学芸だより

箱 膳

日本の個の文化「箱膳」
 箱膳とは一人分の食器を入れた箱形のお膳のことです。木製で24~30cm四方、高さ12cm前後、板の表面は柿渋や漆などで仕上げられています。
 中には、飯椀・汁椀・小皿・箸・湯呑み茶碗・布巾などの個々の食器一式が収納されていて、共用することはありません。商家の使用人などが用いたのが始まりとされています。
 使う時は上蓋を裏返して、中から取り出した碗や皿を並べ、蓋を身の上に置くと小さな食台代わりになるというわけです。おひつからごはんを、鍋から汁をよそい、あとはわずかなおかずや漬け物だけです。
 「いただきます」ということばからわかるように、植物や動物の命をいただいた食物を神聖化し、盛る食器が個人に属するという日本的な考えが反映されて、銘々膳や箱膳の文化が生まれたようです。
 食事中の作法は厳しく、姿勢を正し静かに食べていました。子どもは小学校にあがる時に、お膳を渡され家族の一員としての自覚を促されました。食事どきは秩序を示したり、躾をしたり、家族の枠の中に位置づけられることが人として生きる方法であるということを学ぶ場だったのです。
 箱膳には、現代人では想像のつかない特徴がもうひとつあります。食後、食器を洗うのは当たり前ですよね。しかし、箱膳の場合、食べ終わったら香の物(漬け物)で碗をきれいにしてそれも食べ、白湯ですすいで呑みほします。それから布巾で拭いて箱の中へしまい、蓋をかぶせて台所の棚に積み上げるのです。食器を洗うのは月に2~3回、多い家は週に1~2回。家電品や水道がない時代、全ての家事は手仕事でした。井戸のない家も多く、共同井戸や川から水を汲まなければならないし、大家族の食器は洗うのに時間がかかり、収納も場所を取ります。これらを解決する合理的な道具「箱膳」の誕生で、家事の手間が省け、水が節約でき、収納場所もわずかになったというわけです。
 その後、明治の終わり頃から普及し始めたちゃぶ台を使うようになって、食器は食事のたびに洗うようになりました。食器を共用し、油を使うおかずが増えて洗わずにはすまなくなったためです。さらに、大正デモクラシーの影響を受けて一家団欒の理想が説かれ、「食事は一家そろっておいしく食べる」ということが日本で初めて認識されました。第二次世界大戦後、家父長的家族制度が解体し、個人の尊重・男女平等が確立されはじめ、アメリカ文化とあいまって、両親と子どもだけの「核家族」化が進みました。
 厳しい序列が連綿と続いた伝統文化を良くも悪くも一変させ、その代償として獲得した一家団欒の構図はこの日本で、今も続いているといえるのでしょうか。
参考文献「日本民具辞典」1998年/日本民具学会編集
    「ちゃぶ台の昭和」2002年/小泉和子著



「箱膳」当館展示品。昭和初期の食事を再現した食品模型の献立は、麦飯・ドジョウ汁・目刺し・漬け物。


体験用箱膳の中身。飯碗・汁椀・箸がみえる。本来は、この他に小皿や湯呑みや布巾も収納されている。


蓋に食器を並べ、身(箱部分)の上に据えたところ。これで食べやすい高さの食台代わりともなる。