学芸だより
文学作品紹介――太宰治(だざいおさむ)「猿塚(さるづか)」
太宰府を舞台とした文学作品は多々ありますが、文豪・太宰治の小説にも当地が登場する作品があります。それは短篇集『新釈諸国噺』におさめられた「猿塚」という話です。物語のあらすじは、次のようなものです。
太宰府の酒屋に、美人なことで評判のお蘭という娘がいました。お蘭は隣町に住む桑盛次郎右衛門と恋仲になりますが、両家の宗派の違いから二人は鐘崎(宗像市)辺りまで駆け落ちすることとなります。二人を心配してついてきたのは、お蘭が可愛がっていた猿の吉兵衛でした。一家に長男の菊之助が生まれると、吉兵衛は子守りをするなど甲斐甲斐しく振る舞いますが、誤って熱湯を張った盥(たらい)に菊之助を入れてしまいます。吉兵衛は菊之助の墓参りを百日欠かさず実行したのち自ら命を絶ち、お蘭と次郎右衛門は菊之助の墓の隣に吉兵衛の塚を建て、度重なる悲しみから出家し旅立つのでした。
実はこの作品は、江戸時代の小説家・井原西鶴が書いた「人真似は猿の行水」をもとに、人物描写や話の展開に手を加えて執筆されたものです。細部は異なるものの、昭和12年に水城尋常高等小学校で作られた『郷土読本 上巻』の中にも、地域に伝わる話として同様の話が収められています。
学芸員 髙松麻美