学芸だより

中島利一郎と松本清張「断碑」


    昭和に活躍した小説家・松本清張(まつもとせいちょう)の初期作品に「断碑」という短編小説があります。ミステリー作家として知られる清張ですが、初期には不遇な人間の孤独と執念を描いた作品が多くあり、この「断碑」もまたそうした作品の一つです。32歳の若さで亡くなった考古学界の鬼才・森本六爾(もりもとろくじ)をモデルにその生涯が悲劇的に描かれており、六爾だけでなく周辺の人々に至るまでが作中に登場するものの、それらの人々が作品発表当時存命であったことに配慮したためか、イニシャルや別名が使われています。そんな登場人物の一人を国分出身の言語学者・中島利一郎(なかしまりいちろう)がモデルであるとする説があります。六爾夫人は利一郎の親戚であり、その事実と作品とを照らし合わせると、作中人物「小山貞輔」は利一郎だと言えます。
    利一郎が関わり、現在でも私たちの身近に存在するものとして、国分寺境内に建つ「聖武帝勅建筑前国分寺碑」があります。この石碑の裏面には国分寺の創建由来やその規模が立派であったことなどが刻まれていますが、これは利一郎が綴った文章です。この碑の拓本は4月2日からの企画展示「碑帖辿歴―拓本で紡ぐ史跡のかたち」で展示をしますので、ぜひご覧下さい。

学芸員 髙松麻美