学芸だより

大伴旅人が妻を偲んで詠んだ歌


   「橘の 花散る里の ほととぎす 片恋しつつ 鳴く日しそ多き」(『万葉集』巻8・1473)
   この歌は、古代の役所「大宰府」の長官・大伴旅人(おおとものたびと)が、亡くなった妻を偲んで詠んだものです。旅人は神亀(じんき)4(727)年頃、妻の大伴郎女(おおとものいらつめ)を伴い大宰府に赴任してきました。 病を得て亡くなった大伴郎女ですが、その悲しみを山上憶良(やまのうえのおくら)が旅人に代わって詠んだ「日本挽歌(にほんばんか)」の末尾によると、神亀5年7月21日には既に亡くなっていたことが分かります。
   大伴郎女の死後、旅人のもとには勅使(ちょくし)が派遣されており、その勅使が記夷城(きいのき・基肄城)で詠んだ歌に応えるかたちで、この「橘の…」の歌が詠まれました。この歌に出てくる「花散る里のほととぎす」は旅人自身をたとえたものだといわれています。「橘の花が散る里のほととぎすは、ひとり片恋しながら鳴く日が多いことです。」という歌からは旅人の深い悲しみがうかがえます。
   新元号「令和(れいわ)」が発表され、その典拠となった『万葉集』が注目を集めています。この機会に『万葉集』を手に取り、いにしえの人々の想いに触れてみるのはいかがでしょうか。なお、歴史スポーツ公園内には、この旅人の歌が刻まれた歌碑があります。

学芸員 後藤夏実