太宰府の民俗
3衣掛天満宮
国分区は四王寺の西南麓に位置し、北は水城区、西は吉松区、東は坂本区、南は通古賀区に接しています。国分という地名は、天平13 年(741)に聖武天皇の詔によって建てられた国分寺によるもので、筑前国分寺をはじめとする史跡に富んだ地区です。日田街道の道筋に沿った場所にある衣掛天満宮は、商人や職人が多く生活していた地域で「マチ(方)」と呼ばれていました。 衣掛天満宮の祭神は菅原道真です。お宮の成立年代について、『筑前国続風土記附録』に「寶永(1704 ~ 1710) の年村民花田某、衆民と力をあはせ、此地に神祠を造立し祭れり」と記されていることから、少なくとも300 年前から現在の地に祀られていると考えられています。 衣掛天満宮周辺には、道真が大宰府に入る前に旅衣を脱いで、傍らの松と石に衣を掛け、新しい衣に着替える際、姿を池に映したという伝説が残る、衣掛の松(又は石)鏡ヶ池(又は姿見の井)があります。