太宰府の民俗

太宰府市には、長い歴史の中で生まれた、多彩な物語や言い伝えが数多く残されています。しかし現在、社会状況の変化による影響などから、こうした物語が語り継がれなくなりつつあります。ここでは、古くから太宰府に伝わるさまざまな伝説についてご紹介します。


金掛の梅(かねかけのうめ)


  室町時代、大旱魃(かんばつ)がおこり、餓死する人が多くでました。これを見かねた米屋の主人は、全財産をなげ出して飢えた人々の救済につとめました。しかし、そのために家運が傾き、米屋は食べるものにも困るようになってしまいました。
  そこで、屋敷内に祀ってある天神さまの祠に家の繁栄を一生懸命祈ったところ、ある夜、夢枕に白髪の老人があらわれ、黄金の入った袋を祠のかたわらの梅の木に掛けて、「これより、この家は再び栄えるであろう」と告げて忽然(こつぜん)と姿を消しました。
  翌朝、主人が不思議な夢をみたものだと、庭の梅を見ると夢のお告げ通り、黄金の入った袋がかかっていました。それから、再び家業は盛んになり、大いに栄えたといわれています。
  その後、その梅の木は「金掛の梅」・祠は「金掛天満宮」と呼ばれ大切にされました。また、この祠には菅原道真が造った宇多天皇像が祀ってあったといわれています。

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